大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)735号 判決

訟訴人 被告人 服部吉三

弁護人 高林茂男

検察官 佐藤豁関与

主文

原判決を破棄する。

本件公訴(昭和二十五年九月十二日附で提起されたもの)は棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾に添附した弁護人高林茂男名義の控訴趣意書及び追加控訴趣意書と題する各書面に記載されたとおりでこれに対し、当裁判所は次のように判断する。

原判決は不法に公訴を受理した違法があるとの論旨について。

一件記録を調査すると、本件については、まず昭和二十五年八月二十九日に検察官が横浜簡易裁判所に起訴状を提出して公訴を提起し略式命令を請求したところ、同裁判所は同年九月五日に略式命令を発し、右略式命令の謄本は同月七日に被告人に送達されこれに対して被告人から、同月十二日に正式裁判の請求があつたので、同裁判所は即日その旨を検察官に通知したのに、検察官は刑事訴訟規則第二百九十二条に従い起訴状の謄本を裁判所に差し出すことをせず、同日前記起訴状と全く同一の公訴事実を記載した起訴状を改めて同裁判所に提出してふたたび公訴を提起し公判を請求したこと、そして横浜簡易裁判所は同年十月二十六日に本件を原裁判所である横浜南簡易裁判所に移送し、略式命令を請求した起訴状、略式命令等を含む本件記録を同裁判所に送付したが原裁判所における同年十一月二十日の第一回公判期日に出席検察官が前記九月十二日附起訴状を朗読した後、弁護人から本件公訴は二重起訴であるから公訴棄却の裁判を求めると申し立てたのに対し、原裁判所は、同年十二月八日の第二回公判期日において、さきになされた同年八月二十九日附の公訴の提起は起訴の日から二箇月以内に起訴状の謄本が被告人に送達された形跡がないからさかのぼつてその効力を失つたもので従つて本件は刑事訴訟法第三百三十八条第三号の場合に該当しないとして弁護人の前記申立を却下し、審理を進めて同年十二月二十五日に被告人に対し判決で刑の言渡をしたことを認めることができる。すなわち、これによれば、原裁判所は昭和二十五年八月二十九日附の公訴の提起(略式命令を請求した分)はその効力を失つたものとして同年九月十二日に提起された第二の公訴に基き審理判決をしたものであることが明らかである。そこで、原裁判所の公訴受理の当否を判断するについては、まず右の八月二十九日附公訴の提起がはたして原裁判所の見解のごとく起訴状謄本の送達の欠缺によつてその効力を失つたものであるかどうかを検討する必要がある。ところで右の公訴の提起に際しては同時に略式命令の請求がなされていること前述のとおりであるからかくのごとく略式命令請求の手続がとられた場合においても起訴状の謄本の送達に関する刑事訴訟法第二百七十一条の規定が当然に適用されるものであるかどうかが第一に問題となるわけであるが、この点については、略式命令請求の場合には、同条の規定は直ちに適用されるものではないと解しなければならない。けだし、同条所定の起訴状謄本送達の制度は被告人に防禦の準備の機会を与えるために設けられたものであると解すべきところ、略式手続においては被告人の防禦という観念を容れる余地が全然ないのであるから、この場合には同条の適用がないものとすることがむしろその立法の趣旨に適合すると考えられるからである。もつとも、この場合においても、裁判所がその事件を略式命令をすることができないものであり若しくは略式命令をすることが相当でないものであると思料して通常の規定に従い審判をすることとし、又は正式裁判の請求によつて通常の規定に従い審判をすべきに立ち至れば、その後の手続は略式命令の請求によらない一般の場合と全く同一になるのであるから、ここに前記第二百七十一条も当然その適用を見ることとなり、起訴状の謄本の送達が必要となるものと解すべきである。ただ、そのうち正式裁判の請求による通常手続への移行の場合においては正式裁判の請求が受理された後二箇月以内に起訴状謄本の送達がなされなかつたとしても、被告人に送達されてある略式命令謄本に記載された罪となるべき事実が起訴状記載の公訴事実とほぼ同一内容のものであり、且つ罰条においてもその間に変更がない限り、同条第二項によつて公訴の提起が効力を失うものとすべきではない。なんとなれば、この場合、被告人はその送達を受けた略式命令謄本によつて自己に対する被告事件が何であるかを知つており、実質的には起訴状謄本の送達を受けたと同様防禦の準備をするのに事を欠かないからである。いま本件についてこれを見るのに、被告人が略式命令に対して昭和二十五年九月十二日に正式裁判の請求をした後二箇月以内に同年八月二十九日附起訴状の謄本が被告人に送達された形跡はない。しかしながら、同年九月七日に被告人に送達された略式命令謄本には右起訴状記載の公訴事実と全く同一の事実が罪となるべき事実として記載されており、またその罰条においても起訴状との間に変更のないことが認められるから、右に述べたところによつて、右八月二十九日附公訴の提起(略式命令を請求したもの)は起訴状謄本の送達の欠缺にもかかわらずその効力を失うことなく、今なお原審に係属しているものといわなければならない。しからば原裁判所は右の公訴に基いて本件の審判をなすべきものであつて、その後に同一事件につき提起された昭和二十五年九月十二日附公訴はこれをいわゆる二重起訴にかかるものとして棄却すべきであつたのにかかわらず、この後の公訴に基いて実体の判決をしたのは、不法に公訴を受理したものにほかならない。論旨は理由がある。

よつて他の論旨につき判断をするまでもなく刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第二号により原判決を破棄することとし同法第四百条但書を適用して被告事件につきさらに判決をするのに、すでに説明したところによつて明らかなように原判決の基礎となつた昭和二十五年九月十二日附の本件公訴は公訴の提起があつた事件についてさらに同一裁判所に提起されたものであるから、刑事訴訟法第三百三十八条第三号に従いこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 大塚今比古 判事 早野儀三郎 判事 中野次雄)

弁護人高林茂男の控訴趣意

原判決は不法に公訴を受理した違法がある。

一、原判決は左の犯罪事実を認定して有罪の言渡をした即ち

被告人は公に認められた場合でないのに滝沢某と共に昭和二十四年七月十八日頃横浜市中区宮川町二丁目二十八番地福島シゲノ宅前に於て、連合国軍に属する者の財産である布団二枚、毛布四枚、敷布二枚、枕一個、湯上りタオル七枚を所持したものである。と

二、而して右認定の公訴事実は昭和二十五年九月十二日付横浜区検察庁検察官副検事々務取扱検察事務官二宮松三作成の起訴状(記録第八丁以下)に基く公訴事実なることは、原審昭和二十五年十一月二十日の公判調書の記載に徴し明白である。

三、然るに本件記録第一丁によれば横浜区検察庁検察官副検事幡野乙彦は、昭和二十五年八月二十九日付起訴状を以て被告人に対し右昭和二十五年九月十二日付起訴状と同一公訴事実を記載した起訴状を横浜簡易裁判所に提出している事が明かである。

四、記録第十六丁の移送決定によれば被告人に対する昭和二十二年政令第百六十五号違反被告事件が、昭和二十五年十月二十六日横浜簡易裁判所から横浜南簡易裁判所に移送された事が認められる。而して移送決定書には移送される事件が前記昭和二十五年八月二十九日付起訴状の被告事件なのか又は同年九月十二日付起訴状の被告事件なのか明確に記載されていないが、特に指定がないので其の両者が移送されたものと認むる外はないであらう。

五、然らば昭和二十五年十月二十六日本件が移送されて原裁判所に係属したときは正に刑事訴訟法第三百三十八条第三号に所謂公訴の提起があつた事件につき、更に同一裁判所に公訴が提起されたときに該当することは明白である。

さすれば原裁判所は同条の規定によつて右昭和二十五年九月十二日付起訴状の被告事件は、判決を以て公訴棄却をしなければならないにも拘らず漫然と公訴を受理して有罪の判決をしたのは刑事訴訟法第三百七十八条第二号に該当する違法な判決をしたことになり右判決は破棄を免れない。

六、原裁判所は昭和二十五年十二月八日の第二回公判期日に於て前記昭和二十五年八月二十九日付幡野乙彦副検事の起訴した被告事件は、起訴の日から二ケ月以内に其の起訴状謄本の送達がないから起訴の日にさかのぼつて其の効力を失つた、従つて同年九月十二日の起訴は有効であると宣したが凡そ公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときは、判決で公訴を棄却しなければならないことは刑事訴訟法第三百三十八条第四号の規定によつて明かであるにも拘らず、原裁判所が単に公判廷で無効であると宣言したのは不法である。

七、原裁判所は昭和二十五年八月二十九日付の起訴は昭和二十五年十二月八日当時に於て、既に二ケ月を経過したにも拘らずその起訴状謄本の送達がないから無効だと述べているが昭和二十五年九月十二日第二の起訴がなされた当時に於ては未だ第一の起訴は無効ではなかつたものである。然らば昭和二十五年九月十二日附の起訴状による起訴は既に其の起訴の時二重起訴たる不法性を有するもので、この不法性は時の経過によつて正当化されるものではない。従つて原裁判所が第二の起訴は刑事訴訟法第三百三十八条第三号に該当しないと宣言したのは誤りである。

八、以上の理由により原判決は不法たること明白で而も御庁に於て直ちに判決を為すに適する案件であるから、速に原判決を破棄された上公訴棄却の御判決を仰ぐ次第である。

〈追加控訴趣意省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例